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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)14273号 判決

原告 中松義郎

右訴訟代理人弁護士 田原昭二

同 竹川忠芳

被告 株式会社 エフエヌ

右代表者代表取締役 中谷正二

被告 富士写真フィルム株式会社

右代表者代表取締役 大西實

右両名訴訟代理人弁護士 中村稔

同 松尾和子

同 小林俊夫

右訴訟復代理人弁護士 熊倉禎男

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し金二〇三二万一二八〇円及びこれに対する昭和五六年一二月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、次の実用新案権(以下、「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)をその権利存続期間の満了日である昭和五六年三月二二日まで有していた。

考案の名称 磁気テーフ等用リール

出願年月日 昭和四一年三月二二日

出願公告年月日 昭和五〇年一〇月八日

登録年月日 昭和五二年三月三一日

登録番号 第一一六五三六三号

実用新案登録請求の範囲 別添実用新案公報の該当欄記載のとおり

2(一)  本件考案の構成要件を分説すれば次のとおりである。

A 前面フランジが窓なし透明とされ、内部に捲回されたテープを見透すことが出来、

B 後面フランジがテープ内容に応じてそれぞれ異色の窓なし着色不透明となされ、テープの捲込、捲ほぐれに応じて後面フランジの見透せる着色識別コード面積部分が変化することにより捲回されたテープ量を判別出来、

C 後面フランジがそれぞれ異色に着色コード化されていることによりテープ内容を分類可能にした

D 磁気テープ等用リール

(二) 本件考案の作用効果は、次のとおりである。

A 本件考案により、観察者は、たとえかなり遠く離れた所にいたとしても、リールの正面から、テープの巻取り量の大小を識別することができる。

B 前・後面フランジを窓なしにすることによって、テープ面へのゴミの侵入を防止できドロップアウトの原因を排除することが可能となり、コンピュータ用を主とする磁気テープでは極めて重要な効果を生ずる。

C 人間の重要な機能の一つといえる、物を色によって識別する作用を利用して、たとえば、ユーザーのコンピュータ室において白色は日別情報用とし、青色は月別情報用とするなど後面フランジを異色とすることによって、テープ内容を分類することが可能となる。

3  被告株式会社エフエヌ(以下、「被告エフエヌ」という。)は、業として、別紙物件目録(一)ないし(三)記載の製品(以下、「被告製品(一)ないし(三)」といい、これらをまとめて「被告製品」ということがある。)を製造し、これを被告株式会社富士写真フィルム(以下、「被告富士写真」という。)に納入しており、被告富士写真は、業として、被告製品を販売している。

4  被告製品の構成を分説すれば次のとおりである。

a 前面フランジは格別に窓もしくはその類似物は備えておらず、また、その構成材料は明白に無色かつ透明のプラスチックより成り立っていて、内部にテープが捲かれた場合には、遠方からでもテープの捲き量を見透すことが出来、

b 後面フランジには、格別に窓もしくはそれに類するものは見当らず、その材質は、被告製品(一)について着色した灰白色、被告製品(二)について着色した黄色、被告製品(三)について着色した青色の不透明なプラスチックから成り立っており、テープの捲込、捲ほぐれに応じて後面フランジの見透せる着色面積が変化することにより捲回されたテープ量を判別出来、

c 後面フランジは被告製品(一)につき灰白色、被告製品(二)につき黄色、被告製品(三)につき青色の三色があり、テープ内容の如何によってリールを分類することが可能である

d 磁気テープ等用リール

5(一)  被告製品の構成と本件考案の構成要件とを対比すると、次のとおりである。

(1) 被告製品の構成aは、本件考案の製造要件Aを充足する。

(2) 本件考案の構成要件B及びCにいうところの「異色」とは、色が同じでないこと、普通とはかわった色、かわった特色のあること等を意味しており、二色ないしそれ以上の複数の色との意味ではない。

本件実用新案登録出願の時点で、前面フランジが透明で後面フランジがその素材に特有の無着色で無色又は白色のリールは存在していたが、この種のリールは、当時存在した他の従来の単一色のリールとあわせ使用したとしても、後面フランジの素材自体がもつ若干の色の差が、異色であると認めうるほどの顕著な識別力を生ぜしめなかった。これに比し、本件考案は、後面フランジを、素材自体がもつ若干の色が付いているというのにとどまらず、かわった色、特色のある色に着色したことにより、リール前方から見て前面の透明フランジをとうして見えるテープ部分と後面フランジの着色部分の面積の比が、一目で正確に判別できると共に、他のリールの後面フランジの色彩との相違によって、テープ内容の分類等も可能となったところに特色がある。

また、本件考案の構成要件B及びCに「それぞれ異色」とあるところの「それぞれ」なる文言は、一個のリールに赤・青等がしま模様もしくはミックスされたまだらに着色するものと誤解されないためのものであって、数個のリールの組合せを意味する文言ではない。

したがって、被告製品の構成bは、本件考案の構成要件Bを充足する。

(3) 本件考案の構成要件Cは、テープ内容の分類あるいはコード化の目的がある場合に、それぞれ複数色の後面フランジのリールを使用すれば、分類可能であることを意味しているにすぎない。

また、人に周囲にある物体を特定の認識もしくは記憶に対応させた色に着色することにより、単一色の着色であっても、特定の認識もしくは記憶を呼び起こすことができることからも、後面フランジが普通とはかわった色という意味で、異色に着色されていれば、単一色であってもテープ内容の分類は可能である。

したがって、被告製品の構成cは、本件考案の構成要件Cを充足する。

(4) 被告製品の構成dは、本件考案の構成要件Dを充足する。

(二) 被告製品の作用効果は、本件考案のそれと同一である。

(三) よって、被告製品は、本件考案の技術的範囲に属する。

6  被告らは、昭和五三年一二月から同五六年三月二二日までの間に、九四万〇八〇〇個の被告製品を製造、販売した。

被告製品は単価七二〇円であるから、右期間中の被告製品の総売上高六億七七三七万六〇〇〇円の三パーセントに当る二〇三二万一二八〇円は、本件考案の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当し、原告は、被告らの前記本件実用新案侵害行為により、右同額の損害を被った。

7  よって、原告は、被告らに対し、6記載の二〇三二万一二八〇円の支払及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年一二月二四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2はいずれも認める。

但し、本件考案の作用効果として原告の主張しているものは、本件実用新案登録出願時以前の公知技術によっても同様に得られていた。

3  同3の事実中、被告エフエヌが被告製品(一)を製造し、被告富士写真に納入したこと、被告富士写真が被告製品(一)を販売したこと、また、被告富士写真が被告製品(二)を特定の顧客に特注品として、他のリールと組合せることなく販売したことがあること、同じく被告製品(三)を特定の顧客に特注品として、他のリールと組合せることなく販売したことがあることは認め、その余は否認する。

4  同4及び5は否認する。

本件考案にいうところの磁気テープ等用リールは、後面フランジの色がそれぞれのリールで異っている複数のリールを組としたものでなければならず、このことは実用新案登録請求の範囲の記載からも明らかであるほか、次の点から明らかであるから、被告製品は、本件考案の技術的範囲に属さない。

(一) 本件考案の実用新案登録出願の願書に添付した明細書(但し、別添の訂正明細書のことをいい、以下これを「本件明細書」という。)の考案の詳細な説明の「後面フランジ2にそれぞれ異なる色の不透明着色を施してある」(第四欄第九行以下)との記載のほか、本件考案の作用効果についての「後面フランジの着色をテープ内容に応じてそれぞれ異なる色とする事により色コード識別を行なう事が出来る」(第三欄第三三行以下)、「別にリールのハブの部分に色識別リングを装着する必要がなく構造簡単にして容易に色分け分類が可能」(第四欄第一〇行以下)、「後面フランジ全体が着色されているのでその色がコード識別を可能にする」(第四欄第一五行ないし第一七行)、「広い範囲の後面フランジ部に識別機能をもたせている」(同欄第二一行及び第二二行)、「後面フランジ全体に識別機能をもたせてある」(同欄第二六行)等の記載からも、後面フランジを複数の異なる色に着色し、この複数の異なる色にその後面フランジを着色したリールにそれぞれ内容の異なるテープを収納し、リールの後面フランジの異なる色によって、収納されたテープ内容を識別しうるようにしたことに、本件考案の目的、作用効果があることは、疑問の余地はない。

(二) 右の結論は、本件考案の実用新案登録出願の経過を参酌すると一層明らかとなる。

(1) 本件考案は、当初、昭和四一年特願第一七三四二号として特許出願され、これは公告番号昭和四三年第二七七八四号として出願公告されたが、被告富士写真ほかの異議申立によって、昭和四五年一月八日付で拒絶査定を受けた。

(2) 右特許出願における特許請求の範囲の記載は、「前面フランジが透明で後面フランジが着色不透明なることを特徴とするリール」となっており、更に、発明の詳細な説明においては、後面フランジは「不透明例えば赤・青等のプラスチックで作る」ことが実施例として示され、「背面フランジの着色を複数色とする事により色コード識別を行うことができる」とされているので、右発明の技術的範囲は、後面フランジが単一色のものをも含んでおり、色コード識別を行えることは、派生的な効果にすぎなかったものと解される。

(3) 右特許出願は、前述のとおり拒絶査定により拒絶されたが、その理由は、一方のフランジを不透明にすることは、出願前に頒布された刊行物に示されているので、その不透明を着色によって行うか他の手段で行うかは当業者の必要に応じて決めるべき設計的事項にすぎないということであった。そこで、原告は、前記特許出願を実用新案登録出願に出願変更し、昭和五〇年第三四五九三号により出願公告され、登録された。

(4) 本件考案の実用新案登録請求の範囲は、前記特許出願の特許請求の範囲に「後面フランジがテープ内容に応じてそれぞれ異色の窓なし着色不透明となされ」「後面フランジがそれぞれ異色に着色コード化されていることによりテープ内容を分類可能にしたこと」が構成要件として付加されている。また、考案の詳細な説明では、前面フランジが無着色で無色又は白色にしたリールは公知であったことは認めた上で、これでは色分け分類ができないといい、色識別機能を持たせるためには前面に色識別リングを取付ける必要があったことを欠点として指摘し、これに代わるものとして本件考案の構成を示し、実施例として「後面フランジ2を不透明、例えば赤・青等にそれぞれ着色した」リールを示している(本件明細書第三欄第一二行以下)。

この新たに付加された「それぞれ」という文言を、右の従来技術の説明部分と併せて考察すれば、後面フランジが複数の色に着色された複数のリールの存在を前提にしていることは明らかである。

なお、右の実施例の文言中、「例えば」というのは、「赤・青」という色の組合せの代りに、「黄・紫」という色の組合せでもよいことを示しているが、必ず複数の色の組合せが必要であることを示している。

(5) 原告は、本件実用新案登録出願に関して、昭和五〇年一月一四日付でなされた拒絶理由通知に対する同年三月二六日付意見書で、本件考案と引用例との差違を強調して、本件考案は、背面フランジの着色を複数色として色コード識別を行うものであり、この点に本件考案の構成及び効果の特徴がある旨述べている。

(6) このように、出願経過に照しても、本件考案の技術的範囲は、背面フランジがそれぞれ異色に着色された複数のリールの組合せに限られ、こうした意図を原告は特許庁に説明し、また、特許庁も、このような意図を了解して登録を許したのであるから、本件考案の技術的範囲は、右原告の意図にそって解釈されなければならない。

5  請求の原因6の事実中、被告富士写真が昭和五三年一二月から同五六年三月二二日までの間、総計九四万〇八〇〇個の被告製品(一)及び(二)を販売し、その総売上高が六億七七三七万六〇〇〇円であることは認める。被告富士写真は、昭和五三年一二月以降は、被告製品(三)を製造販売しておらず、また、被告エフエヌは、昭和五五年八月に設立された会社であるから、それ以前に被告製品を製造することはありえない。

三  被告らの主張

1  請求の原因に対する被告らの認否4(二)(5)記載のとおり、原告は、特許庁に対する意見書で、本件考案は後面フランジの着色を複数色として色コード識別を行うものである旨述べているのであるから、本訴において、後面フランジが単一色のものであっても本件考案の技術的範囲に属する旨の主張をすることは、信義則ないし禁反言の法理によって許されない。

2  本件実用新案は、後述のとおり全部公知の技術であるにもかかわらず登録となったものであるから、いわゆる自由な技術水準の抗弁によって、原告の請求は棄却されるべきものである。仮に右抗弁が採用されなくとも、全部公知の技術に基く考案の技術的範囲は、文理の許す限り最も狭く、本件明細書に記載されている字義どおりに限定して解釈すべきである。そうすると本件明細書における実施例は、後面フランジが不透明着色で複数の色を用いたもののみが示されているから、本件考案の技術的範囲もこの実施例のみに限定されるべきである。

本件考案の実用新案登録出願日である昭和四一年三月二二日の時点で、以下の技術は公知であった。

(一) 前面フランジが透明で、後面フランジが無着色で無色ないし白色とされた窓なしリールが存在していたことは、原告自身が本件明細書中で認めている。

(二) コンピュートロン社が「レクサン」という商標で販売していたテープ用リールは、前面フランジが透明窓なし、後面フランジは窓なしで青・赤・黄等数々の色のものが存在していた。

(三) 昭和四〇年一〇月に印刷されたアンベックス社の商品説明書には、前面フランジが透明で窓なし、後面フランジが窓なしで、グレー、黄褐色、白、青、黄、黒、赤、緑、オレンジの九色が存在し、これによりテープの色識別が可能になる旨を記載していた。

また、アンペックス社は、昭和四一年三月発行の「BULLETIN」第一一号において、右のリールについて詳細な説明を加え、次のとおり記述している。「窓なしリールのフランジの意図は、テープを指や空気で運ばれる異物による汚染から守ることである。窓なしフランジのリールに対する当初の試みは三個の空気孔の寸法を減らすことであった。次の段階は、一個の小さな細い孔を設けることであった。この変化の過程で前面フランジが不透明からテープの捲回状態が妨げられることなく見ることができるように透明に変更された。カラーコーディングは異色の不透明な後面フランジを用いることによって達成される。」

四  被告らの主張に対する原告の認否

1  原告の昭和五〇年三月二六日付意見書で、本件考案の構成及び効果の特徴として述べられているのは、「前面フランジ及び後面フランジが何れも窓なしであってドロップアウトの原因となるゴミの侵入を防止でき、前面フランジが透明で後面フランジが着色不透明とされ、これにより後面フランジの種々の色別により色コードの識別が可能でかつテープの捲きほぐれるに従い、リール裏側のフランジの色が前面フランジをとうして見透すことができ、刻々着色部分の面積が増大又は減少して変化することを見透せてテープ操作中裏面フランジの着色によりテープ内容の色コード識別が容易に可能であり、リールの中のテープの量の動的変化を動的に監視できるという特徴を有していて、上記引例からはこのような技術思想を推考し得るとは考えられません」ということであり、被告らの主張は、一部分の文言のみを勝手に拡大解釈しているものである。

2  被告らの主張2のうち(一)は認めるが、その余は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  原告が、昭和五六年三月二二日権利存続期間の満了日まで本件実用新案権を有していたこと、本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載が原告主張のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。

そして、右争いのない実用新案登録請求の範囲の記載と、成立に争いのない甲第一号証(本件実用新案公報)、第三号証(本件実用新案審判請求公告)によれば、本件考案は、磁気テープ等用リールに関するものであって、原告主張のAないしDの各構成要件からなるものであることが認められる。

二  当事者間に争いのない事実、《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

1  被告エフエヌは、昭和五五年八月二一日に設立された会社であり、設立後は、被告製品(一)のみを製造し、これを被告富士写真に販売したが(被告エフエヌが被告製品(一)を製造販売したことは当事者間に争いがない。)、被告製品(二)及び(三)は、製造販売していない。

2(一)  被告富士写真は、被告製品(一)を販売し(このことは当事者間に争いがない。)ているが、本件実用新案が出願公告された昭和五〇年一〇月以前には、被告製品(一)のほか、同(二)、(三)及び後面フランジが赤色に着色されたコンピューターテープ用リールを販売していた。

(二)  被告富士写真は、昭和四八年頃以降経費削減等のため、コンピューターテープ用リールの後面フランジの着色を灰白色の一色とする方針をたて、その頃以降、まず後面フランジが赤色に着色されたコンピューターテープ用リールの製造販売を中止した。そして被告製品(二)及び(三)についても、一般需要者には販売しないが、ある程度まとめて注文がある場合もしくは大量購入先で、仕様の指定等により、後面フランジの色を被告富士写真で変更しえない需要者についてのみ特別に販売することとした。

(三)  昭和五三年一二月から同五六年三月二二日までの間(原告が損害賠償を求める期間)には、被告富士写真は、被告製品(二)を関西電力株式会社及び社団法人大阪府信用金庫協会信金大阪事務センターに販売したのみであり、被告製品(三)は販売していない。このうち、関西電力株式会社に対しては、被告製品(二)が販売されたが、同社と被告富士写真との特約により、後面フランジの色が黄色と指定されていたことから、同社に対しては右期間中後面フランジの色が黄色のもののみが販売され、昭和五五年一二月以降は、同社の応諾をえて被告製品(一)の販売にきりかえられ、後面フランジの色が灰白色に着色されたコンピューターテープ用リールのみが販売された。

そして、昭和五三年一二月から同五五年一二月までの間に同社に販売した被告製品(二)は四〇〇〇巻程である。また、社団法人大阪府信用金庫協会大阪事務センターに対しては、まとまった注文があったため、昭和五五年三月に二五〇〇巻、同一一月に五〇〇巻の被告製品(二)を販売したが、それ以前及びその後昭和五六年九月までの間には、コンピューターテープ用リール自体一切販売していないし、右期間中にも後面フランジの色が黄色以外の色に着色されたコンピューターテープ用リールを販売したこともない。

(四)  被告富士写真は、昭和五三年以降被告製品(二)を合計約七〇〇〇巻販売したのに対し、被告製品(一)を九四万〇八〇〇巻販売しており、被告製品(一)の販売量は、被告製品(二)のそれに較べて極めて多い。

もっとも、《証拠省略》によると、ナコー株式会社は、昭和五五年一二月一六日に報映産業株式会社から被告製品(一)ないし(三)を組合せて購入したことが認められるが、これを冒頭掲記の各証拠と総合してみると、右は極めて特殊な事例であることが推測され、右事実のみをもって前認定の事実に影響があるものとはいえない。他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そうすると、昭和五三年一二月から同五六年三月二二日までの間に、被告エフエヌは、被告製品(一)のみを製造販売したことがあり、被告富士写真は、被告製品(一)及び(二)を販売したことがあるが、被告富士写真は、被告製品(一)と同(二)とを組合せて販売したことはなく、被告製品(一)を販売する際には、これのみを、また被告製品(二)を販売する際には、これのみを販売したものであることが認められる。

三  本件考案の構成要件Cは、後面フランジの色がそれぞれのリールで異っている複数のリールがあり、これを組としたものであることを必須の要件としたものであると解される。その理由は次のとおりである。

1(一)  本件明細書(前掲甲第三号証)の考案の詳細な説明中には、「本考案は上述の如き従来のリールの欠点を排除することを目的とし、前面フランジを透明とし、後面フランジをテープ内容に応じてそれぞれ異なる色に着色不透明とした磁気テープ等用リールを提供するものである」(第三欄第四行ないし第八行)、「即ち本考案においては、(中略)、後面フランジの着色をテープ内容に応じてそれぞれ異なる色とする事により色コード識別を行う事が出来る」(同欄第二五行ないし第三六行)との記載があるが、これらの記載はその記載の場所及び表現の仕方からみて単なる実施例の説明としてではなく、考案の構成、目的、作用効果の説明としてなされたものであると解すべきところ、これらを参酌すれば、本件考案の構成要件Cにいうところの「それぞれ異色」との文言中の、「異色」とは異なる色との意味であり、「それぞれ」とは、リール自体が複数個存在し、その一つ一つとの意味であることは明白である。

(二)  原告は、後面フランジの色が単一色であっても、これから特定の認識もしくは記憶を呼び起こすことができるので、テープ内容の分類は可能である旨主張するが、テープ内容を後面フランジの色で分類するためには、後面フランジの色が単一色のものに対応する別の後面フランジを有するリールの存在が常に前提として必要であることは明らかであるところ、本件明細書中には、本件考案を実施したリールを他の従来から存するリールその他と共に使用して、テープ内容を分類するが如き使用態様は、全く示唆さえもなされておらず、前認定のとおり、本件考案を実施したリールの組合せによってテープ内容を分類する使用態様のみが記載されているのであって、原告の主張は、本件明細書に基づかない独自の見解によるもので、到底採用しえない。

(三)  原告は、本件考案の構成要件Cは、テープ内容の分類あるいはコード化の目的がある場合に、それぞれ複数色の後面フランジのリールを使用すれば分類可能であることを意味しているに過ぎない旨主張する。しかし、このような解釈は、本件実用新案登録請求の範囲の一部をなす同構成要件の存在を全く無視するものであって、実用新案法五条四項が実用新案登録請求の範囲には、考案の詳細な説明に記載した考案の構成に欠くことのできない事項のみを記載しなければならないと定めたところと相反する結果となるものといわなければならず、これを採用することはできない。この点は、後に認定する本件考案の実用新案登録出願の経過を斟酌することにより更に明らかとなるものといわなければならない。

2(一)  《証拠省略》によると、本件考案は、当初昭和四一年特願第一七三四二号として特許出願され、公告番号昭和四三年第二七八四号として出願公告されたが、被告富士写真ほかの異議申立によって昭和四五年一月八日付で拒絶査定を受けたこと、右特許出願における特許請求の範囲の記載は、「前面フランジが透明で後面フランジが着色不透明なることを特徴とするリール」となっており、更に発明の詳細な説明においては、後面フランジは「不透明例えば赤、青等のプラスチックで作る」ことが実施例として示され、「背面フランジの着色を複雑色とする事により色コード識別を行うことができる」とされていたこと、右特許出願の拒絶査定の理由は、一方のフランジを不透明にする事が出願前に頒布された刊行物に示されている以上、この不透明を着色によって行うようにするか、他の手段によって行うようにするかは当業者の必要に応じて決めるべき設計的事項に過ぎないということであったこと、そこで原告は、前記特許出願を実用新案登録出願に出願変更し、昭和五〇年第三四五九三号として出願公告され、登録されたことが認められる。

(二)  右当初の特許出願にかかる発明は、特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載からも明らかなように、後面フランジが単一色に着色されたリールもその技術的範囲内に含ませており、これらの着色を複数色として組合せることによって、色コード識別することができることは、一つの実施例から生ずる作用効果であったものである。しかるに、このような特許出願は、一方のフランジを不透明とするリールが出願前公知であったことを理由に拒絶査定を受けたことから、原告は右特許出願を実用新案登録出願に出願変更した上で、本件考案の構成要件として、「後面フランジがテープ内容に応じてそれぞれ異色の窓なし着色不透明となされ」「後面フランジがそれぞれ異色に着色コード化されることによりテープ内容を分類可能とした」との記載等を追加記載したほか、1(一)記載のとおり、考案の構成、目的、効果の説明としての記載を考案の詳細な説明の項で行ったものである。

(三)  したがって、右本件考案の実用新案登録出願の経過からも明らかなように、原告は、本件考案が実用新案登録されるために、あえて当初の特許出願にかかる発明に構成要件Cを付加して、限定を加えたものであるから、同構成要件を1(三)記載のとおり、テープ内容の分類あるいはコード化の目的がある場合に、それぞれ複数色の後面フランジのリールを使用すれば分類可能であることを意味しているに過ぎないとして、当初の特許出願にかかる発明の構成要件と同一に解することはできないものといわざるをえない。

四  そうすると、本件考案の構成要件Cを充足しているというためには、後面フランジがそれぞれ異なった色に着色されたリールが組として製造販売されていることを要するものと解すべきところ、昭和五三年一二月から同五六年三月二二日までの間に、被告エフエヌは、被告製品(一)のみを製造販売したことがあり、被告富士写真は、被告製品(一)及び(二)を販売したことがあるが、被告富士写真は、被告製品(一)と同(二)とを組合せて販売したことはなく、被告製品(一)を販売する際には、これのみを、また被告製品(二)を販売する際には、これのみを販売したこと、被告製品(二)の販売数量は同(一)のそれに比し極めて少なく、また販売先も二社のみに限られていたことは前認定のとおりであることからも、被告製品は、後面フランジの色がそれぞれのリールで異なっている複数のリールを組としたものとは認められないので、その余の点につき判断を加えるまでもなく、被告製品は本件考案の構成要件Cを充足するものとはいえず、したがって本件考案の技術的範囲に属さない。

五  結論

よって、原告の本訴請求は、その余の点につき判断を加えるまでもなくいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 飯村敏明 高林龍)

〈以下省略〉

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